社労士コラム

ワークライフバランスは誰のため

特定社会保険労務士
今野 佳世子 氏
男女の別なく、私生活と仕事の両立ができることにより、労働者個人にとってはキャリアを中断することなく働き続けられる、企業にとっては人材を失わずにすむというメリットがあります。
本人の心身の健康維持、自己啓発の時間確保、睡眠時間確保等のためにも不可欠なのがワークライフバランスです。

1 人材獲得のために
 帝国データバンクの調査によれば、正社員が不足していると回答した企業は、コロナ禍の影響で昨年は減少したものの2020年5月(29.1%)を底にして再び上昇し、2021年7月の調査では40.7%でした(「人手不足に対する企業の動向調査」(2021年7月))。少子高齢化による労働力人口の減少は進み、今後も、とくに若年層の人材獲得は困難が予想されます。山形県の労働力人口は約58万人(2015年国勢調査)で、1995年の67万人をピークに減少を続けています。

2019年から始まった働き方改革の主要な狙いは、人口減少とそれに伴う労働力不足を解消するために、多様な人材が能力を発揮しやすい労働環境を整えるというものです。女性、高齢者、外国人、障がいのある人、病気治療をしながら働く人等、従来の正社員の働き方にフィットしない場合が多い人たちが働きやすくなるよう、柔軟な労働条件の設定を工夫するための施策が打ち出されています。

2 従来型の正社員
 正社員という雇用形態は、業務上の必要があれば、ときには長時間労働を行い、配置転換、転勤をすることも想定したものです。職務内容は契約上限定されておらず、経済社会情勢の変化に対応するために会社が定めた人事施策に応じて変化し、終身雇用を前提とした長い職業人生の中で、多様な業務を体験していくことが一般的でした。これは、家庭内での分業があってこそ可能となる働き方です。正社員(多くの場合男性)と、経済的には被扶養者となり家庭内の労働を主に担う配偶者(多くの場合女性)、子どもという家族構成が前提とされ、男性世帯主の正社員の働き方を優先させるように家族が暮らし方を合わせるという暗黙の了解が成立していたといえます。職場に女性が「進出」してくると、「では家庭はどうするのか」という問題が浮かび上がってきましたが、その対応を求められるのは、女性とその雇用主であり、男性は主体として注目されない時期が続きました。

3 「女性が働きやすい職場」とは
 つまり、おおよそ働き方改革前頃までは、「家庭と仕事の両立支援」とは、育児介護休業、短時間勤務等の制度について女性従業員の利用を促進することでした。業務に習熟した女性従業員の離職は企業にとって損失であるという認識から、女性が継続勤務しやすくするための支援措置としてこれらの制度は受け止められてきました。

ところが、これらの制度を利用する女性が増えるにつれ、影響を受ける他の従業員との間で不公平感が生じ、人員に限りがあることから勤務の調整をすることが困難になるという問題が発生しました。とくに女性を多く雇用している企業においては、「お互い様」では済まない負担の偏りや、人員不足という困難に直面するようになり、それを察した女性が制度利用を躊躇したり、退職を考えたりすることもありました。

それでは、女性とその勤務先だけでなく、その家庭内でも負担を分け合えないのはなぜでしょうか。それは、男性は仕事第一というジェンダーバイアスにより、男性が家庭的責任を果たすために働き方を変えることが許されにくい状況が職場、家庭内、そして男女両方の心の中にあることが原因といえます。

4 ワークライフバランスは誰のため
 一方で、男性労働者にも、私生活を重視した働き方へのニーズが高まっています。働き方についての認識が変容しつつあり、長時間労働を是としない労働者が増えてきました。もともと育児介護休業法等の両立支援制度は性別にかかわらず適用されますが、職場内、家庭内、社会の中で、女性は家庭>仕事、男性は家庭<仕事というジェンダーバイアス(及びそれに基づく実態。例えば男女の賃金格差等)があるため、男性は私生活のために働き方を変えづらい状況があります。ところが、男性も若年層を中心に働き方と家庭内での役割についての考え方を変えてきており、将来、子どもが生まれたら育児休業を取得したいと回答する男性新入社員は8割にものぼるという調査結果もあります(日本生産性本部「2017年新入社員秋の意識調査」)。また、長時間労働を前提とした職務設計ではなく、効率よく業務を遂行し、公私を分けたいという労働者側の意識が高まっています。人生100年時代、70歳まで働く時代に、健康を維持しつつ就労を継続したいと思うならば、男女とも「家庭も仕事も」という姿勢でなければ、家庭生活を維持することができないともいえます。万が一のときを考えると、家庭内に複数の働き手がいることはなによりのリスクヘッジでもあります。

5 ワークライフバランスは労働者みんなのため、労使両方のため
男女の別なく、私生活と仕事の両立ができることにより、労働者個人にとってはキャリアを中断することなく働き続けられる、企業にとっては人材を失わずにすむというメリットがあります。なお、ここではとくに家庭的責任として育児に焦点を当てて述べてきましたが、育児介護等の家庭的事情がなくても、本人の心身の健康維持、自己啓発の時間確保、睡眠時間確保等のためにも不可欠なのがワークライフバランスです。

※この内容は令和3年12月に公開されたものです。