社労士コラム

企業経営とダイバーシティとインクルージョン

社会保険労務士
平山 達也 氏
「管理職への女性の登用が、企業の利益向上(経済的効果)につながるのか?」という命題は、経営者にとっては大きな課題です。政府においても、女性活躍推進の施策の一役を担うものとして、この女性管理職の比率を上げていくことが掲げられています。

「管理職への女性の登用が、企業の利益向上(経済的効果)につながるのか?」という命題は、経営者にとっては大きな課題です。政府においても、女性活躍推進の施策の一役を担うものとして、この女性管理職の比率を上げていくことが掲げられています。
しかしながら、ハーバード・ビジネス・スクールのイーリー教授のダイバーシティ※注1の研究によれば、「企業の高度な意思決定の場においては、ビジネスリーダーとしての男女間の性差の影響はほぼない。」というのが研究結果ということです。

さて、米国に目を向ければ、社会構造として1960年代になるまでは、社会的なマイノリティの人々、有色人種、女性が社会や企業活動に平等に進出できる環境ではありませんでした。
この時代は、米国では「個人や集団の間に存在しているさまざまな違い」に関する研究、いわゆる現在の「ダイバーシティ・マネジメント」の研究が盛んになりました。特に日本とは大きく異なり、米国の社会を構成する人種間の差別の問題や、宗教による「違い」がより深刻な問題でしたので、マイノリティの人たちや、女性の社会参画がテーマとなるダイバーシティの取組みが広く研究されるようになったのです。
それから遅れて1985年5月に、我が国において男女雇用機会均等法が制定されました。今から38年も前のことです。これにより、それまでもたびたび我が国でも問題視されてきた男性と女性の間の雇用についての「差」が禁止されました。とはいえ、制定当時は、企業の募集や採用、配置などに関する男女間の均等な取り扱いを「努力義務」としていました。
そこからようやく20年越しの2006年、男女共に性別を理由とした差別的扱いが禁止されることになりました。
そして、2023年現在、差別的扱いが禁止されてはいますが、いまだにジェンダーバイアスがあることはこれまでも見てきました。

また、労働市場の場において、我が国においては、人種間や宗教による軋轢や、米国のような大きな貧富の差が問題になることはありませんが、米国にはない一つ大きな課題があります。
「少子高齢化社会」つまり、若い世代の年々の減少です。日本の人口比率は三角形の頂点を下にしたような逆ピラミッド型の構造になっています。


(図)資料:「平成27年(2015年)国勢調査(抽出速報集計)」(総務省統計局)より

今後は、高齢者も減少し、まるで風船がしぼむように社会を構成するあらゆるものが減縮する、そういう時代を私たちは生きていくということです。
これは、地球規模的に見ても、世界的に見れば、人口が爆発的な増加傾向にあるなか特異な現象であり、他の国には見られない特異な人口の大きな問題です。

そこで今回は、コロナ禍のなか、我が国においては、労働力人口も減少しているなか、企業においては、人材を募集してもなかなか補充できない人手不足感が出てきている現状にあります。この現状においていかに企業の経営を拡大し、人材を確保していくかということに関して、女性活躍の推進の視点で、皆さんとそのヒントを共有していきたいと思います。
もちろん、これはこの先の未来に確実な答えがある話ではありません。

さて、それでは見ていきましょう。
まず一つは、これまで社会の中に埋もれてきた「様々な背景の中で、労働市場に参画していない人々」を積極的に採用することで、「日本でも、多くのケースにおいて、当面の間は持続的な労働環境を整備していくことが可能だ。」ということです。
これまでも言われてきたことですが、育休離職者や介護離職者、社会的マイノリティの人、障がいを持っている人、リタイアメントした人等、様々な経験と知識を持った人たちですが、こうした人たちの社会参画、企業活動への参画を何とか後押しすることが出来たとすれば、①ダイバーシティの理解が促進され、②ダイバーシティ活用の幅が広がり、③多様性に富む従業員の構成が企業に与えるメリットを享受できるようになります。

そこで、一つの方法として、先に述べたように「様々な背景の中で、労働市場に参画していない人々」を積極的に採用することで、採用そのものを強化し、離職防止を図るだけでなく、そのような人たちのアイデンティティに関係している知識(つまり、例えば育児の経験や、介護の経験、長年従事した職務で培われた経験等)や、その経験を企業の「学習材料」として活用し、ナレッジを積み重ねることで、その企業における中核的な業務の実行方法をどのように改善し、より良くしていく方法を導きだしていくのか。ということが、現状、人事採用に課せられた大きな課題だと考えています。
そしてこのこと自体に対してより良い変更がなされれば、企業活動の拡大を図るうえで、大きな原動力となるのではないでしょうか?

もちろん、その為には、仕組みづくりやルール、評価の方法など人材活用のためのマネジメントが大変重要な業務になってきます。
最近のニュースなどを見ていると、特に欧州や米国においては、昨今の金融の金利引き上げで資金調達が困難になったIT関連などのテック企業で、大きなレイオフ※注2が行われています。こうなると労働市場では民族大移動のようにダイナミックに労働力の移動が強制的に起こります。その場合、今後成長が見込まれるスタートアップ企業などにそういった労働力が吸収される傾向があるので、次世代の産業構造に大きな変化が生まれる可能性を秘めているというメリットはありますが、レイオフされる身としては戦々恐々です。
日本ではまず考えられないことですが、欧米ではそのように比較的「解雇」は容易に実施されます。
これは、欧米企業では基本的には「ジョブ型雇用」が主流になっていることが要因かもしれません。働き方改革の法律の整備後、日本においてもこの「ジョブ型雇用」を実施する企業が徐々に増えてきています。人に仕事を付けるという日本型雇用ではなく、「仕事」そのものに対応する能力を持つ人材を付けるという雇用・採用のやり方です。
例えば、派遣業の多くはこの点に特化している業態と言えます。
いいとこ取りではないですが、これまでの日本型雇用の中に、このような特定の業務に対して人を配置していくようなジョブ型雇用の体系をうまく活用するならば、企業における、主幹的中核業務だけでなく、業態として幅と裾野を拡大し、業務の拡充が図れます。また、そのポジションに、知識や経験がある人材を適切に配置できれば、採用の問題もある程度解決を図ることが可能になります。
もちろん、人材育成には、時間もお金もかかりますが。

また、これまでの業務内容の中で、業務のタスクを見直し、切り離しをした業務に対して、特定の仕事を履行してもらう、ということも考えられるかもしれません。考え方としては、「主幹業務に専念する」ということでしょうか。これにより、一人一人の職務内容を充実させて大きくする方法もあるでしょう。
今、個々のリスキリング(Re-Skilling)が議論になっているというのも、こうしたことも背景となっていると考えています。

さて、はじめに私は、「管理職への女性の登用が、企業の利益向上(経済的効果)につながるのか?」という問いに対して、必ずしもそうではないという事についてお伝えしました。
そこで、「働く人々のダイバーシティの取組を行っている企業は経済効果を生みだすのか?」という問いであればどうでしょうか。
これまで、労働市場に参加していない、いわば社会に埋もれた労働力を活用することができれば、このこと自体がもはや経済効果とも言えますが、この答えはYESであり、むしろその結果として、ビジネスリーダーのジェンダーレスも必然として派生することになります。
このことから、これからの企業経営としては、ダイバーシティと併せて、「企業内で多様な人々がお互いに個性や価値観、考え方を認め合い、一体感を持って働いている状態、あるいは平等に機会が与えられた状態としての企業経営」を目指すインクルージョン※注3経営、あるいは企業内におけるインクルージョン教育が非常に重要、且つ、一つの糸口になるのではないかと考えています。
経営者の皆様方は、慣例的にやってきたことや、慣習として「こういうものだ」という感覚が非常に根強くあるかもしれません。
ジェンダーバイアスも、アンコンシャスバイアスもそういうものかもしれません。
経営者の皆様方とこの話をすると、ダイバーシティや、多様な人材の採用には投資が必要だし、それ自体では利益を生まない、という話になります。このことだけで捉えてしまえば、それ自体では企業の利益にはなりません。
しかし、ダイバーシティや、インクルージョンを企業の素地として丁寧に構築することが、次世代の20年、30年後の企業を育んでいくのではないか、ということをお話ししています。

企業経営には、一つの大きな答えがあるものではないと思います。
商品開発や、サービスの向上だけでなく、こうした人的資源の採用や育成、整備なども「トライ・アンド・エラー」の繰り返しで、少しずつ改善を図っていくものかもしれません。
右肩上がりの戦後の経済成長をしていた、とにかく働けば給料も上がり、企業も利益を上げたられたという時代ではありません。それどころか、株式上場をしているようなナショナルカンパニーでさえ、ちょっとしたことで、企業存続が危ぶまれるような事態にもなったりするのが現代です。
私たち一人一人が、働いて、生活し、幸せになるためにも、企業や社会が一歩でもこうした取り組み方やその考え方によって、行動性に変化をもたらすことが出来れば、今日より明日はより良い社会にきっとなっていくのではないでしょうか。

しかし、どのような職場においても、そうした取り組みは一夜にして構築はできません。また、一企業や、経営者だけが熱心に取り組んでも叶うものでもありません。
経営者の方だけでなく、働く人、一人一人が本当の意味において、働き甲斐のある職場とはどういうものなのか、そもそも「働く」ということはどういうことなのか、皆さんの対話を通して作り上げていっていただければと思います。
そして、この山形県から魅力ある企業力の発信をしていきましょう。

【注釈】
※注1 ダイバーシティ:多様性。多様な人材を生かすこと。又はそういう経営。
※注2 レイオフ:企業の業績が悪化した際に、従業員を一時的に解雇すること。業績が回復した際に、再雇用することが前提。
※注3 インクルージョン:包括。ビジネス的に言えば、企業内すべての従業員が仕事に参画する機会を持ち、それぞれの経験や能力、考え方が認められ活かされている企業経営。

令和5年1月寄稿