「労働やまがた6月号」今月のひと

第27回技能グランプリ 染色補正部門第2位
有限会社中谷しみ抜き店
中谷 敬さん

 有限会社中谷しみ抜き店で働く中谷さんは、熟練技能者が技能の日本一を競い合う「技能グランプリ」で染色補正部門で第2位に入賞されました。
 普段のお仕事のお話から、大会のことまで、「シミ抜き」の世界のお話をお聞きしました。(平成25年4月取材)

この度は、技能グランプリ入賞おめでとうございます。普段はどのようなお仕事をされているんでしょうか。

  着物をメインにシミ抜き、洗い(クリーニング)をしています。まず一回全体を綺麗にしてからシミを取り、柄仕上げをするのですが、一枚の着物を一気に仕上げるのではなく、何枚かの着物を工程ごとにやっていきます。父と分担しながら作業をします。

一番時間がかかる作業は何ですか?

  シミ抜きは、技術が必要なので一番時間がかかります。シミの種類にもよりますが、洋服と比べて、やはり着物が一番難しいですね。

どういった点が難しいですか?

  着物の場合、「シミだけを取る」ということが出来ません。シミを取ると柄や色まで取れてしまうので、一旦シミを取り除いたところに色を足して元の色に戻す、補正という作業が必要です。
 例えば青い花柄についたシミの部分を取ろうとすると、青色が取れてオレンジに近い色が残ります。これは、色の三原色、青、赤、黄は、色の種類ごとに薬品の効き目が違うため、青だけ落ちると赤と黄(混ざるとオレンジ色)が残るためです。ここに何色を足すと元の青になるかということを考えて色を入れなければなりません。また、生地によって色がつきやすいもの、つきにくいものがありますので、薬品も使い分けます。このような調整が難しいところです。

【作業中の写真】

 中谷さんのお部屋兼仕事場です。(デザインなど細かい仕事はこのお部屋でされています。)
 中谷さんはバンドやものづくりが趣味で、写真の箪笥も自分で作られたそうです。普段は音楽を聞きながら作業をされています。

元の色にはすぐ戻せるものですか?

  経験で分かってくるものですが、一回やってみて、色が足りなければ徐々に配合を変え、完璧に仕上がるよう、地道に微調整を繰り返していきます。

手間がかかる柄や色はありますか?

  着物は、シミを取る時に、着物を作る時と同じ工程をたどります。表と裏が汚れていたら、表と裏のシミを取ればいいのですが、中の生地のシミの場合、着物を解いて作業しないと裏にも滲んだりします。着物は出来上がるまでの工程が多いので、その分多くの技術が必要とされます。

着物に関する勉強をされたんですか?

  シミ抜きは父から教わることが出来るので、まずは得意な分野から何か将来役立つものを身に付けようと思い、高校卒業後、自分の意思で着物を作る道に進みました。専門学校の工芸染色科でデザインなどの基礎を学び、京都の着物作家の下で2年間着物を作る仕事をしてきました。

中谷さんの作品 : ①・②ともに中谷さんがデザインし染色・彩色されています。

【①金彩加工】 
【②染色】 
着物について詳しいんですね。

  シミ抜きは、道具と知識さえあれば、ある程度のことは出来ると思います。でも100%、元の状態に仕上げるには技術がないと出来ません。専門的に着物や絵を勉強している人はなかなかいないので、自分の長所として考えています。
 例えば、留袖の幅を出す場合、上前(うわまえ)と下前(したまえ)の脇をほどいて幅を出すのですが、幅が出た部分は柄がない無地の状態です。そこに、もともとあったかのように柄を想像して足していく技術などは、京都で学んだことが活かされています。

着物の柄を足していくような作業は、他では出来ないことなのでしょうか?

  極端な話ですが、ボロボロでシミ抜きどころではない着物を、全く同じ様に新しく作って欲しいと言われても、私は作ることが出来ます。でも、なかなか同じように作れる同業者の方はいないと思います。他では出来ないことがうちでは出来るということが一番の売りです。そこを頑張らないとやっていけないと思っています。

お仕事をしていて、やりがいを感じるのはどういう時ですか?

  お客様とのやりとりや喜んだ顔を見るときですね。
 「シミがあったものがなくなる」という、出来上がったら何もなくなる仕事なんですが、私としては、さまざまな工程を経てモノが出来上がるのと感覚と同じなので、シミが完全になくなったときは、積み重ねたものが完成したような達成感があります。

どのぐらい続いているお店なんですか?

  祖父の代からです。祖父が東京の日本橋で始めた店ですが、戦争の時、日本橋は焼け野原になり、親戚を頼って酒田に来ました。こちらで仕事を始めたらお客さんもつき始め、それならこのまま続けようかということでやり始めたようです。今でも、祖父の代からのお客様もいるんですよ。

【ご家族の写真】

作業場には、家族のみなさんがいらっしゃって、和やかな雰囲気でお仕事をされていました。

現在のお仕事を目指したきっかけを教えてください。

  兄もいるので家業にこだわらず、どんな仕事でもよかったのですが、小さい頃から私は絵を書くことが得意で、家族も「家業を継ぐのは次男だろう」と思っていたようです。私自身も、いずれ家業を継ぐんだろうなと漠然と思っていました。それに、この仕事は専門性が高いので、誰にでも出来る仕事でないところも魅力的でした。
 結果として、自分に合っている仕事が見つけられて、運が良かったと思います。

ちなみに、シミ抜きに関して、専門の学校などはありますか?

  特にないので、みなさん修行に行ってます。家業がシミ抜き屋でも、一回違うシミ抜き屋さんに行って何年か修行して家業を継ぐという人がほとんどです。

お仕事をしている上で、何か心掛けている様なことってありますか?

  「これでいいかな」という時、満足せず「いや、もう一度やろう」と、妥協しない様に心掛けています。

技能グランプリに出るようなったきっかけは?

  染色1級の技能試験の実技で、試験官の人に「技能グランプリに出てみないか」と誘われたのがきっかけです。それまでは、技能グランプリ自体、知りませんでした。シミ抜きは全国的な組合自体小さく、みんな顔見知りなんです。技能グランプリの出場者も京都、東京、金沢を始めとする方ばかり。その中で、「全然知らない山形の奴が上手い」と興味を持ってくださったそうです。
 自分の技術に自信があっても、証明する手段はなかなかありません。出場して何か形を残せば、自分の技術を認めてもらえると思いましたし、大会自体、面白そうなので、すぐに出場を決めました。

【インタビュー中の中谷さん①】
実際出場してみていかがでしたか?

  初めて出場したのは、平成19年の第24回大会でしたが、染色1級の課題と似ていたので、染色1級を受ける気分で出場したのですが、実際は出場者のレベルが格段に高く驚きました。 
 印象に残っているのは、競技開始と同時に、みんなが生地の長さを測りだしたんです。染色補正では、水を使うので若干なりとも生地が縮むんですよね。みんな課題を行った後、アイロン仕上げでキチンと伸ばして、元のサイズに全部戻して提出をしていたんです。私はシワを伸ばすぐらいのことしか考えてなかったんですが、みんなは数ミリ単位まで形を戻すことまでしていました。そこまでやるんだと思い知らされて、負けたなと思いました。

技能グランプリでは、どういった課題が出るのですか?

  課題は4種類です。①丸に違い鷹の羽(赤い生地に丸の白抜き)を丸なし違い鷹の羽(白丸を消す)にする。②墨やすき焼きの汁のシミを落とす。③消した小紋を復元する。④段違いになったぼかしを染色してあわせる。

【中谷さんが実際に取組んだ課題】

第27回技能グランプリ「染色補正」職種競技課題(中央職業能力開発協会HPより)
http://www.javada.or.jp/jigyou/gino/ginogpx/27/kadai/01/01_ikkatsu.pdf

時間制限はありますか?

  4つの課題を一日半、10時間かけて行い、作業する順番は自分で決めます。大会では、機械を使わず手作業でするという制限があり、①の課題では、こんな小さい丸を消すのに2-3時間かかります。生地と同じ赤い染料を白丸に乗せて、要するに白丸を消していく作業です。滲んで色が重なったらそこだけ赤色が濃くなるなるので、滲んだ先が際に行くように加減しながらという地道な作業の繰り返しです。

一番難しかった課題はどれですか?

  多分みんなそうだと思うんですが、一番時間がかかる①の課題です。でも、得意分野だったので1位になりました。この課題は、他の課題より難しいと出場者みんなが認めた課題だったので、その中での1位は嬉しかったです。課題ごとに順位がつけられて、②の汚れ落としの課題が3位だったので、総合で2位でした。

正直、1位が取れなかったことで悔いはありますか?

  もちろん悔しいです。私は今回は4回目の出場で、前々回は敢闘賞、前回は3位と順位が徐々に上がっていますし、家族の応援もあるので、優勝するまで出場したいと思います。
 この大会は、出場を重ねることで、勝つために必要なことがわかるので、みなさん何回も出場して優勝をしています。私も最初は、大会出場自体が楽しくて、どうすれば上位に行けるのかということを考えていました。しかし最近は、課題を完璧に仕上げることに集中するようになり、自分の技術にも自信が出てきました。

技能グランプリを通して、得たこと、感じたことは何かありますか?

  まだやるべき事がたくさんあることを思い知ったというところもありますし、自分の技術が間違ってなかったという自信にも繋がりました。課題のような仕事は頻繁にはありませんが、自分のこれからを考えると出場して良かったと思います。東北からは私だけの出場なので、大会を通して知り合いも増えました。技術的にも、顔を広げるという意味でも、色んな意味でプラスに働いていると感じています。また、出場者それぞれ染色補正の方法が違うことも分かって面白かったです。

【インタビュー中の中谷さん②】
決まったやり方はないんですか?

  染色補正の工程は全員違います。初めは、参考にしようと様々な方法を聞いたりするんですが、自分が普段の仕事でやっていることの延長としてやらないと、本番で実力は発揮できません。今回は、大会の1カ月前から、仕事が終わって9時ぐらいから12時、1時くらいまで練習しました。

これからの目標を教えてください。

  まずは、技能グランプリの優勝です。でも、1位から3位はみんなが上手で僅差なんです。大会に出場していなくて技術がある方もいます。優勝より上を目指すつもりで、まだやれることはたくさんあるので、技術を磨いていけたらと思っています。

最後に、同じような道に進まれる方や、何か技術を身に付けようとしている方にメッセージをお願いします。

  色んな事にチャレンジした方がいいと思います。私は、たまたま技能グランプリという大会があったので出場しましたが、その職種ごとに色んな大会や試験などがあると思います。出場することで覚えることはたくさんあると思うので、何でもやってみることが他の人にはない長所を身につけることに繋がるのではないでしょうか。

 
2013年5月29日