「労働やまがた2月号」今月のひと

髙島電機株式会社 代表取締役会長
株式会社山形銀行 社外取締役
井上 弓子 さん

井上さんは、山形市立谷川にある髙島電機株式会社の代表取締役会長を務める傍ら、平成24年に山形商工会議所初の女性副会頭に就任するなど、長年に渡り山形県の経済界を牽引する立場で活躍されています。また、本県の男女共同参画社会づくりにも貢献され、今年10月に開催された「チェリアフェスティバル山形2016」において、山形県の男女共同参画社会づくり功労者知事表彰を受賞されました。更に、平成27年6月には株式会社山形銀行初の女性社外取締役にも就任されました。
 この度は、多方面で活躍する井上さんに、お仕事や今後の目標についてお話を伺いました。
【お仕事について】

日々のお仕事の中で、心がけていることはありますか。

 平成8年、母の後継者として役員達に請われ、50歳の時に横浜から山形に戻って来たのですが、それまでは主婦であり、重い病気や障害のあるお子さんを持つお母さん達のお世話をしたりしていました。会社経営には全く携わっていませんでしたので『自分に会社経営が出来るんだろうか』と本当に目まいがするほど悩みましたが、その時、主人が「君なら出来るから行って良いよ。」と背中を押してくれました。50歳からの5年間ほど、母が現役でいる間に、経営の勉強をしましたが山形の色々なことを知るだけで精一杯な状況でした。会社経営は「人・物・金・情報」と言いますが、社長に就任した当初は『とにかく赤字にしてはいけない』という考えが一番最初にありました。一方で、そろそろIT社会に入ろうとしている時代でしたから、『今後の会社経営はITを使っていくことになる』と感じて、その準備を始めたりもしました。
 そのような中、最も気にかけたのは、『健康』です。母が75歳の時に大動脈解離という病気をした後、15年間介護をしたということもあって、『健康に会社の生活を送れるように』ということで、社員の健康を考える経営には早くに取り組んだと思います。
 今は、会長になって5年目で、今は経営自体は社長にバトンタッチしているので、あまり口は出さないようにしています。横に並んで座っていますが、口出しはせず、求められたら助言をするように心がけています。私は母に次いで、二代続けての女性経営者でしたので、やっぱり母親とか女性的な視点で社員を見ていて、会社の雰囲気はソフトな面があると思いますし、女性社員の妊娠・出産に関しても理解してあげられるのかなと思います。
 リーマンショックの時には、『赤字にしないこと』『企業の存続』『社員の雇用を守る』、この3つを守らなくてはいけないと改めて思いました。私への「帰って来てくれ」コールの一番の落とし文句は、「社員がこれだけいます。それに家族も含めると3倍、4倍という人数になります。これら社員とその家族を守ってください。」でしたので、それだけは肝に銘じています。

どのような時にやりがいを感じますか。

 一番幸せだなと思うのが、12月28日の棚卸し、大掃除が終わった後に、皆が私達役員が並んでいる机の前に来て「1年間お世話様でした。また来年もよろしくお願いします。」と言って挨拶してくれる時ですね。賞与をあげられたり、期末賞与も出せた時などは、会社経営をやって良かったなと思います。

【インタビュー中の井上さん】
御苦労されていることはありますか。

  皆さんもそうだと思いますが、『家庭と仕事の両立』ということですね。私は主人を横浜に置いてきていることもあり、最初は「君なら出来るから行っても良いよ。」と言ってくれた彼も不自由な生活になるということまでは気がいかなかったみたいで、リズムに乗るまでは大変でした。2週間に一度、月に2回、週末に帰るようにしているんですけど、庭は草ボーボー、家の中はめちゃくちゃでした。でもそういう時に、庭はシルバー人材センターのおじいさんに手伝ってもらったり、家の中は月に2回、お手伝いさんに来てもらって片付けてもらったりするだけでも、全然違ってきていました。
 また、母が平成13年の暮れに大病をして、その翌年に大手術を受けたのですが、それがちょうどITバブルが弾けた時と重なりました。平成15年の10月からは人工透析を受けることになってしまって今年の9月に亡くなるまで、看病と介護があったわけです。私自身も会社の経営の他に外での様々な仕事も増えてきたので、それらとの両立というのも大変でした。母が東京で大手術をして帰って来た時に、ある介護事業所さんに飛び込んで事情を話したら、そこの所長さんが「任せといてちょうだい!」と心強い言葉をかけてくれました。それからずっとそこの事業所さんにはお世話になりました。その他NPO法人の有償ボランティアさんのお力を借りたり、透析への往復には介護タクシーの方々にお世話になったりと、本当に他人様の手を借りてやってきましたね。
 もし皆さんが、仕事と介護が並行することになったとしても、仕事は辞めないで欲しいと思います。やっぱり仕事が励みになるし、介護一筋になってしまった時に「何で私だけこんなに苦労しなきゃならないの?」と捉えかねないと思うんです。親が年老いていくのは仕方のないことだとは理解できますが、どんな風に年老いていくかは想像できないじゃないですか。ですから、その時々に専門家のアドバイスもいただきながら介護に取り組んでほしいですし、また会社の方も仕事を続けられるような体制を作っていかなければならないと思います。

山形銀行さんの社外取締役就任は、どのようなお気持ちでお引き受けになったのですか。

 山形銀行さんの前に、11月23日の株主総会で退任させていただきましたが、シベールさんの社外取締役を7年間やっておりました。その間、上場企業さんのコンプライアンスの大変さとか、中小企業とは全く違うものを要求されているということを、役員会の中では見聞きしておりました。また、社外取締役の存在の重要性が大きく取り上げられている最中での、金融機関の社外取締役への就任でしたので、非常に緊張しました。山形銀行さんの場合は、頭取のお考えもあって、プラチナくるみんを取得するほど、仕事と家庭の両立ということをとても重要視されている企業さんですし、『じゃあ社内の取り組みはどうなのだろうかな』という関心もありました。本当にお勉強させていただくつもりでお引き受けしましたね。

管理職就任に消極的な女性が多いですが、そんな女性達の躊躇を取り除くようなアドバイスをお願いします。

 そのことは色々な場で非常に問題になります。ただ、私も宮城と山形の女性の交流会を10年間やってきてずっと見てきましたが、10年前よりは少し、引き受ける方達が増えてきたかなと思います。色々な役職に就くことを最終的に決めるのは自分ですが、決めるにあたって、不安のパーセンテージを大きく占めるのは、『知識がないこと』だと思います。それを埋めていく作業をしていくとだんだん自信が出てきて、それが自分の一歩前進ということになっていきます。また、女性一人の気持ちだけでは実現しないので、家族の方にも、娘さんだったりお嫁さんだったりを社会に出して、自己実現させてあげて欲しいと思います。私だって、横浜の家族が許さなかったら今はないですものね。50歳からの出発でも、勉強して、何とか山形のお役に立つようなポジションをいただいたり出来るわけですから。人にはどんな可能性があるかわからないわけで、「あの時断らなければ良かった。やっておけば良かった。」なんて思っても後の祭りですからね。

【インタビュー中の井上さん】
代表取締役会長や社外取締役の他に、山形商工会議所副会頭や、みやぎ・やまがた女性交流機構会長、山形地方最低賃金審議会委員を務めるなど、たくさんの職務をこなすコツはありますか。

 会社の経営の方は社長に任せてますし、社員達もしっかり会社を守ってくれているので、私は外で役に立たせてもらえているのだと思っています。
 商工会議所副会頭でもありますが、商工会議所女性会の会長でもあります。それは、イコール山形県商工会議所女性会連合会の会長ということで、その充て職で県や市の審議会などの委員として、出ていくことも多いです。女性副会頭は私が山形県内では初めてということでしたが、今年11月の役員、議員改選で、今年度から女性の副会頭は、長井と酒田、私を含めて3人になりました。だんだん理解を得られるようになり、女性の就任の道が開かれてきたと思いますね。
 「みやぎ・やまがた女性交流機構」の交流会で特に印象深かったのは、震災の年です。いつもだったら2月開催の交流会を、前倒しで9月に行ったのですが、本当に良い話し合いが出来ました。実際に震災を経験した宮城の方達から出てきたのは、『東北の生きる力というものを、もう一度見直そう』『これまでいろいろな災害や何かが起こった時に、東北は東北のやり方、知恵で乗り越えてきたのだから自信を持とう』ということです。1年に1度、同じ思いを持った方達で交流することによって、勇気をもらったりアイディアをもらったりして帰れると、皆さん楽しみにしてくださっています。私自身色々な方とお知り合いになれて、随分交友関係や視野が広がりました。
 山形地方最低賃金審議会の委員は、10年間務めています。10年前就任した当初は1円2円の攻防でしたが、今は中央審議会で目安が出て、ほぼそれが通るようなところもあります。賃金の改定も二桁になりました。確かに賃金を上げていかなければならないのですが、山形はほぼ99%が中小企業ですので、我々使用者側としては中小・零細企業に目線を合わせてものを言わなければいけないと考えています。
 一つひとつお仕事をいただくことによって、お勉強もしますし、視野も広がりますね。

【井上さんご自身について】

リフレッシュの方法を教えてください。

  やはり、月に2回、横浜の自宅に戻る時ですね。土曜日の夜に近くに住んでいる娘一家と息子一家が全員集合するのですが、そこでおしゃべりすることがリフレッシュです。そして、日曜日のお昼過ぎに山形に戻りますが、そこでメリハリを付けることが大事ですね。少しはお買いものも行きたいと思いますが、なかなか行けませんので。

趣味や、最近興味のあることは何ですか。

 趣味は、何かやりたかったのですが、母のことがあったのでほとんど時間がありませんでした。これからは、弱った足腰を鍛えねばと思ってるので、ジムかプールにでも通おうかなと考えています。

【お母様の髙島しづ枝さんの写真と井上さん】
今後の目標を教えてください。

 会社はもちろん、女性会でも交流機構でもそれぞれ若い方へのバトンタッチを控え、後継する方に自分が今まで学んだことを伝えていかなければならないと思っています。

 
2017年2月1日