「労働やまがた8月号」今月のひと

特定非営利活動法人 With優 代表
置賜若者サポートステーション
総括コーディネーター
白石 祥和 さん

 若者サポートステーションは主に働くことに悩みを抱えている15歳-39歳までの若者に対し、就労に向けた相談、支援を行っています。山形県内には3か所(酒田、米沢、山形)あり、厚生労働省が認定した全国の若者支援の実績やノウハウのあるNPO法人、株式会社などが国及び県から委託を受けています。置賜若者サポートステーションはNPO法人With優で運営しており、独自の活動と合わせ若者の就労支援をしています。若者のため、地域をよくするため活動する白石祥和さんにお話しを伺いました。
With優と置賜若者サポートステーションの事業内容について、お聞かせください。

With優はフリースクール、置賜若者サポートステーション、カフェレストラン、会員制の居酒屋、女性限定のフリースペースという5つの事業を中心に活動しています。
法人として、「地域のどんな人も自分らしく生きていけるような地域社会」を目指しています。地域で支え合えるような繋がりを子どもや若者と一緒に作っていきたいと思い、このような事業を展開しています。その中でも学校に行けない、なかなか就労に結びつかないニートや引きこもりなどと呼ばれる若者の自立支援を中心に行っています。
事業の一つである「置賜若者サポートステーション事業」は、国から認定を受けて今年で5年目を迎えました。これから就労を目指す15歳から39歳までの若者や、職を転々としてきた若者が将来自立できるように相談などを中心に就労のサポートをしており、これまで延べ人数で約500人の登録者がいます。

置賜若者サポートステーションでは相談だけでなく、職業体験や職場見学などもされていますが、企業とのやり取りはどうなされていますか。

私は、この町で生まれ育ったのでたくさんの知り合いがいます。企業や地域の方も、不登校に限らず地域の子どもや若者を育てていかなければならないという意識を持っておられますし、飛び込みで行っても、今、With優は広く周知されているので、受け入れてもらいやすい環境にあります。また、様々な講演をさせていただく機会も多くあるので、社長さん伝手に紹介してもらう事もあります。時には、社長さん方に居酒屋に飲みに来ていただいて話をするということもありますよ。

そのような活動をして受け入れ先を開拓されているのですね。

社会、企業が求める即戦力に若者を育てるというよりは、働きながら一緒に育ててくれる企業や社長さんを多く見つけた方が若者にとっても、地域としても良いと思っているので、なるべくそういう形を目指しています。

【With優のパンフレット】
【置賜若者サポートステーションのパンフレット】
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企業の方も、引きこもりなどの若者たちをどうにかしたいという気持ちがあったということでしょうか。

法人を立ち上げる時はなかなか理解してもらえないこともありましたが、実績が出てきて広くメディアに取り上げていただく中で、協力してくださる方が多くなってきたと思います。昨年だけでも、ポスターやリーフレットを置いてくれるという事業所が置賜地域で1000カ所以上ありますし、職場見学や就労体験を受け入れてくれるところも100カ所以上あります。
知り合いの伝手もそうですし、色んな社長さんの力をお借りして、若者がある程度やる気になったら、いつでも受け入れてくれる素地を団体独自で作っておかなければならないと思っています。

With優の事業として会員制居酒屋の“居酒屋結”をされていますが、置賜若者サポートステーションを利用されている方がスタッフとして働かれているのですか。

居酒屋は、サポートステーションを運営してから約3年が経った平成25年2月にオープンしました。就労支援をしてもなかなか支援の場から外に出ていくことが出来ない、一回頑張って外に出たけれど、また何らかの形で支援が必要になったというような若者に対して、実践的なトレーニングをサポートする必要性を感じ、法人独自の事業ですが、サポートステーションを利用している方の1プログラムとして居酒屋でトレーニングをしています。今トレーニングしている若者は、メニューを考えてそれを作って発表するなど、運営面にも関わってもらっています。

【居酒屋結 外観】
【営業中の様子】
居酒屋をトレーニングの場にしようとしたきっかけを教えてください。

面白そうだったからというのはあるのですが、相談しているだけでは、ほとんどの人が就労できないという実態があります。就労支援をする中で実践的なトレーニングをする場と就労後も繋がり続けられる場が必要だと思ったのがきっかけです。
就労するまでというより就労した後に本当の壁にぶつかる若者が多いので、そういった時に気軽に相談に来ることができる場として、また、友達がいない、友達が少ないという若者が非常に多い中、仲間作りや交流ができる場所が夜にほしいと考えました。就労した後も繋がり続けられるという視点と、就労まで実践的なトレーニングができる場所ということで法人独自で居酒屋をスタートしました。

白石さんは居酒屋結について、「失敗を許されない社会だからこそ、失敗できる場所を作った」と言っておられますが。

サポートステーションは、就労経験が全くない若者、色んな過去や背景を持っている若者が利用していますが、その出口として、昔のように丁稚奉公のような職業訓練的なところは少なくて、即戦力を求められています。せっかく入口まで辿り着いても失敗して自信をなくし、またサポートを受けて出て行くけれど、即戦力ではないからと辞めさせられる若者が多くいます。
「失敗できる場所を作ろう」というのは、居酒屋を立ち上げる時に、当時サポステを利用し、このプロジェクトに参加していた7名の若者から出てきた言葉です。居酒屋の目標を何にするかみんなで話し合いをしている時に「失敗しても良い」というのを目標にしたいということでした。私自身、失敗を繰り返して、社会に出られない出たくない、出たいけれども出られない若者の姿や気持ちを目の当たりにして、そういう目標も良いなと思いました。

引きこもりの人や就労を目指す方から、本音を引き出せたのはどうしてだと思われますか。

引き出せる何かスキルがあるというわけではありませんが、NPO法人なので、普通の企業や行政とは違い、枠がなく、何でも出来るというところが大きいと思います。一緒に飲みに行ったり、支援している人の自宅に行ってみんなで宴会をしたりということもあります。支援者と利用者というよりは同じぐらいの年代ということで、若者による若者の支援、仲間という感覚です。
私たちは一緒に考えていくというスタンスですし、若者自身が元気になるというのが一番大事だと思っています。やはり、自分を受け入れてくれる場所や人がいるというのは大切な事です。もちろん厳しく話をすることもありますが、居酒屋で働く若者は仲の良いチームですね。

【居酒屋結で働く若者:調理中の写真】
相談だけでは支援として足りない、それを超えた色んな関わり合いを持ってこそ、本当の支援に繋がるということなのでしょうか。

就労することは自分の役割を持つ上で、もちろん大切だと思いますが、就労だけを目的にはしていません。就労したから終わりではなく、就労した後の支援が大事だと思います。就職や自立に向けて行動している時には、誰か伴走していく人が必要です。

求人倍率が以前より高くなっていることに伴い、若者を取り巻く環境や若者自身の特徴に変化などありますか。

求人倍率が高くなったと言われていますが、アルバイトやパートタイムばかりでは、自立や結婚などはなかなか難しいので、一概に求人倍率だけでは判断できません。実際、正社員の枠は本当に限られています。法人の課題でもありますが、企業と連携をする中で、自立に向けてモデル的に自分たちがやっていければと思います。
若者に限らず、法人では学齢期の子どもたちとも関わっており、その中で格差の大きさを実感しています。就労を目指すにしても、何にしても、家庭というのは基盤になると思いますが、そこが揺らいでいると感じています。就労している大人の姿を知らないというご家庭もありますし、難しい問題です。

こちらのホームページを拝見したとき、かわいらしい絵がたくさんあり、とてもアットホームな感じを受けました。

自分がもし利用者だったら、例えば「不登校」や「引きこもり」の文字がトップページに書かれていたら、あまり行きたくないなと思ってしまいます。それなら、ホームページを明るいイメージにすることによって、利用しやすくなるのではないかと考えました。
居酒屋以外にもカフェレストランを就労支援の場としていまして、こちらも気軽にみなさんに来ていただけるよう、ホームページのデザインを考えました。パンフレットやチラシも、パッと見た時に、「行ってみたいな」とか「ちょっと見てみようかな」というようなものを作るように心掛けています。中身はもちろん大事ですが、就労、面接でも第一印象、見た目は大事な要素だと思います。

カフェレストランも、利用者の方が働いていらっしゃるんですね。

トレーニングとしてやっています。NPOでやっているレストランではありますが、他のレストランには味もサービスも負けたくありません。

女性のフリースペースの企画もされていますが、女性のニーズがあったということで作られたのですか。

女性は男性と違って、20代、30代で結婚や出産など色んな変化がありますし、また、離婚して就労しようとしてもなかなか厳しいところがあります。そういう方の中には、今すぐ就労を目指すのではなく、まずは居場所や仲間を必要としている方も多くいます。支援者と利用者という関係ではなく、繋がりを持てる場があればと思い、裁縫や調理などを週に1回するフリースペースを設けています。

引きこもりなどの若者がいきいきと生きていくために必要なものは何でしょうか。

若者には「役割」が必要だと思います。
みんな「外に出たい」「自立したい」という気持ちは少なからず持っていますが、周りは「自分が必要とされている」「求められている」という環境ではないことが多いです。そのため、例えば引きこもっている若者の家を訪問した時、「そろそろ外に出られるんじゃない?」と言うのではなく、「すごく困っていることがあるんだけど、力を貸してくれないか。」と声掛けをし、その人ができそうな仕事をこちらで準備して手伝ってもらうようにしています。今は仕事を提供してくれる事業所が増えてきたので、引きこもっている若者に関しての引き出しは多くなってきました。

【インタビュー中の白石さん】
就労を体験することや自分が求められていると感じると変わりますか。

「どのくらいで変われるか」とか「どのくらい変わったか」ということは別にしても、変わらない若者はいません。
働いていて嬉しい事の一つは、給料をもらえること、自分がやったことに対して評価されることですよね。実際にその様子を見ていると、ボランティアではなく、自分がやった分だけお金がもらえる、それが今はまだ就労とは言えない段階であっても、評価されることは大切なのだなと思います。

若者だけではなく、家族に対しても何かアプローチされているのでしょうか。

こちらに最初に相談に来るのは保護者の方ですし、親との関係性が少し課題になっている家庭では、お父さんが結構キーマンになっているところも多いので、昨年は「おやじの会」というお父さんを対象にした研修と飲み会をやりました。

話を聞いていると全然休まれていないようですが、一日のスケジュールを教えていただけますか。

日曜祝日を休みにしていますが、相談は、時間に関係なく土日や夜も含めてあります。窓口が9時から5時では来られない方もいるので、なるべく色んなニーズに対応できるように、休みは関係なく動いています。
法人としての事務的な仕事は夜にしているので、晩御飯を家で食べるということはまずないですが、今は、やらなきゃいけない、やるべきことがたくさんあります。
スケジュールは、その日によって違いますが、日中はこちらで相談業務や企業との調整もしますし、出張など外での仕事も非常に多いです。私は山が好きなので、春は出勤前に山でタケノコを採って、それを居酒屋で出したりして、趣味と実益を兼ねています。

【スタッフの方とお仕事中の白石さん】
白石さんが様々な事業に挑戦し続けられる源、その根底にあるものは何でしょうか。

私の法人は、地域づくりを目的にやっていますし、自分の生き方を考えた時に、この地域で生きていきたいという思いがあります。その地域がどんどん衰退し、地域力が弱くなると学校や企業ばかりでなく、地域そのものがなくなってしまいます。自分がここで生きていきたければ、この地域を守っていかなければと思います。
現在も、失敗を繰り返して、深刻な場合は自殺を考えるなど、本当に苦しんでいる若者がいます。目的の一つは就労や自立ですが、実際はそんなに甘いものではないと思いますし、山形でも20代30代の若者の自殺者数が多いので、そういう社会は避けたいと思い活動しています。

白石さん自身、このお仕事をされるまでの3年間、様々な経験をされたということですが、それが今になって活きているという面もあるのでしょうか。

今こういう仕事をさせていただいているのも、自分で切り開いてきたというよりは、地域の人が応援してくれたことが大きいですし、私の場合は運が良かったと思います。
私は大学卒業時、「この仕事がしたい」というはっきりしたものがありませんでした。ただ、米沢で生活していきたいという思いはあったので、公務員や消防士になろうかなと思っていたのですが叶わず、先が見えない状態で転々としました。しかし今になって思えば、20代半ばの3-4年間で、海外でのボランティア活動や様々な仕事をして自分の生き方を考えられたというのは良かったですし、そういった経験が今活かされているところがあるのかなと思います。私の場合は家族が応援してくれましたが、やはり誰か一人でも理解者がいてくれるという事は心強いですね。

With優を設立しようとした時、不安はなかったのですか。

不安は特にありませんでした。色んな仕事を経験し、健康で仕事を選ばず「何でもやる」という覚悟があれば、食べていくことはできると思いました。
人生は一度きりで時間は限られています。それなら20代や30代で自分にどういうことが出来るのか、協力してくれる人と一緒に何が出来るのかを考え、挑戦したいと思っています。
実は、フリースクールを始めた頃は、どこからも補助はないし、毎日働いても月の給料は1万5000円とか2万円という時もありました。これはまずいということで、朝は魚市場で働いて、夜は家庭教師をして何とか生活していました。今、またその生活をするのは無理かもしれませんが、何とかしようと思ったら、何とかなるものです。

最後に、お仕事をされてきて、やりがいを感じるのはどのような時でしょうか。

やりがいというものを意識したことはありませんが、この仕事は楽しいので大変でも続けられます。子どもたちや若者が来てくれるように色んな事業をしていますが、それでもまだ来られない人がいたら、どういう活動や事業があれば良いのか考えてチャレンジしていかなくてはならないなと思っています。

 
2014年8月1日